東京高等裁判所 平成8年(う)510号 判決
被告人 川上陽二郎
〔抄 録〕
まず、当時の被告人の態度や職務質問に対する返答の状況等に照らして、駐車場出入口付近や駐車場内において、被告人にバッグの中身を確認させるよう説得するなどしていた段階までの警察官の行動には、何ら違法とすべきものはないといってよい。そして、被告人がチャックを開けて、警察官がその中にあるものを確認しようとするなどした際、被告人がバッグの中に手を入れて布袋を掴み、それに対して警察官が被告人の手を掴んで、結果として、布袋をバックから取り出すことになったことについても、前記の経過に照らせば、警察官の対応が適切であったといえるかに疑問が全くないわけではないにしても、当初は自主的にチャックを開けるという被告人の任意の行為を期待したものであったこと、そして、被告人は自主的にバッグのチャックを開けたのであるが、突然警察官がバッグの中に手を入れようとしたところから状況が急変し、右に述べた事態になったと推察されること等に照らし、未だ違法の問題までは生じないと解される。しかしながら、その後、岩元巡査が実力で被告人の右手の指を開かせ布袋を取り上げたこと、そして、その後同巡査が取り上げた布袋に関して、「確認させてもらう」と告げたのに対して、被告人から「勝手に見な」との返答を得たのみで(これを被告人の任意の承諾とみることができないことは、原判示のとおりである。)、そのまま布袋を開けて覚せい剤等を取り出したことについては、更に検討を要する点がある。なお、検察官は、答弁書において、岩元巡査が布袋を取り上げたときの状況につき、同巡査の原審証言に従って、同巡査は被告人が諦めたのか、手の力を緩め、握っている指の力を抜いたので、布袋を上に持ち上げるようにしてこれを受取ったものである、被告人は一種のあきらめの心境になってゆき、それまで固く握りしめていた右手の指の力を抜き始め、これを察知した岩元巡査において布袋を上方に持ち上げるようにしてこれを受け取ったのであるとして、仮に有形力の行使があったとしてもそれがさほどに強いものでないことを強調しているが、同巡査の行為や被告人の態度が右のようなものでなかったことは、黒田巡査が原審で証言しているところであって(「指を一本ずつ開いていくような状況は見ていないが、そのときの認識は、岩元が被告人に指を無理矢理開かせたという認識であった。」「それまでの職務質問の状況からみて、被告人が自ら手を開いて袋を渡すことは絶対にないと思っていた」)、その他、同巡査作成の取扱状況報告書の記載内容、作成経緯等にも照らし、岩元巡査の証言は信用できないというほかない。結局、被告人が供述するように、指を一本一本剥がしていくというような状況であったとまではいえないにしても、それに近い強制力が加えられたことは否定しがたいように思われる。そこで、検討するのに、岩元巡査が、本件布袋を取り上げるなどした時点においては、被告人は特段警察官らに対して攻撃的な態度に出ているわけではなく、被告人が布袋の中に兇器といった危険物を所持しているというようなことがうかがわれるような状況にもなかった。そして、被告人の態度等に薬物の使用を疑わせる特徴的な状況がなかったわけではないが、未だその容疑が濃厚といえるほどではなかった。したがって、所持品検査等の必要性、緊急性は認められる状況にあったものの、その程度は高度のものではなかったと判断される。このような状況の下においては、警察官としては、現に被告人の手にある布袋に問題の焦点が絞られてきたのであるから、この布袋についてさらに質問を重ね、合わせて任意に開披することをねばり強く求めるべきあったのである。そのような行動に出ることなく、被告人の抵抗を排除する形で強制的に布袋を取り上げた警察官の行為は、必要以上に有形力を行使しているもので明らかに行き過ぎというべきであり、職務質問に付随して許される限度を逸脱しているといわざるを得ない。袋の中身を取り出した行為についても、それがプライバシー侵害のおそれの極めて高い行為であることにも照らせば、確かに、被告人が言葉としては「勝手に見な」と言ったことが認められるものの、それまでの被告人の抵抗の姿勢やその意志に反して布袋が取り上げられた直後であることなどからみて、任意の承諾があったとするには疑問が存したのであるから、更に時間をかけて、その真意を確認すべきであったと思われる。この点においても、職務質問に付随して許される限度を逸脱した行為があったといわざるを得ない。以上の次第であって、本件所持品検査に違法があるとした原判決の判断は正当として肯認することができる。したがって、この覚せい剤が発見されることによって被告人が現行犯逮捕されるに至ったのであるから、その身柄の拘束状態を利用して行われた本件採尿手続についても、違法性を帯びると判断されることはやむを得ない。
そこで、つぎに、以上のような違法な手続の結果収集された証拠の証拠能力について検討する。
本件所持品検査が違法であることは前記のとおりであり、必要以上の有形力の行使がなされていることなどからみて、その違法の程度を軽くみることは許されないが、更に検討してみるに、まず、原判決もいうとおり、職務質問を受けた際の被告人の態度や被告人が本件バッグの中身の確認を拒否し続け、警察官に反抗的な態度を示すなどしていたことからすれば、覚せい剤などの禁制品を所持しているのではないかとの嫌疑のもとに所持品検査を行う必要性、緊急性が認められる状況にあったこと、警察官らはバッグの中身を確認させるよう説得を繰りかえしていたもので、決していきなり強硬手段に及んだものではないことが認められる。そして、とにもかくにも、バッグのチャックを開いたのは被告人自身であり、警察官が布袋を被告人の手と共にバッグの中から取り出したについてもこの布袋をなんとか隠そうとする被告人の行為に触発されたものであり、バッグを取り上げるという有形力の行使もそのような連続的な行為の中で生じたものである。更に、最終的に最もプライバシーの侵害のおそれの大きいと思われる袋を開けてその中の物を取り出す行為については、被告人は「勝手に見な」と言って、消極的ではあるが同意に近い言辞を与えていることが認められる。この点は、前記のとおり、被告人の言葉を文字通り任意の承諾とはみることは相当でないというべきであるが、被告人に与えるプライバシー侵害の程度を考えるに際しては、その侵害を受ける側の、内面的な侵害の自覚を外形的に推測する材料として、考慮に値すると考えられる。また他方で、侵害を行う警察官の側からみて、自分がどの程度の違法行為に及んでいるのかという認識の問題として、考慮されてしかるべきであると考えられる。以上のような諸点を総合考慮すると、証拠能力の問題として、将来の違法捜査抑制の見地などからみるとき、その違法の程度は未だ重大なものとはいえないと判断される。したがって、採尿手続についても、その採尿手続自体には特段の問題がないことにも照らせば、その帯びる違法性は未だ重大とはいえないというべきである。したがって、この採尿手続によって収集された証拠(本件鑑定書)については、証拠能力を認めることができるというべきであり、同様の結論を判示している原審の判断は正当として肯認することができる。
(秋山規雄 門野博 福崎伸一郎)